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私のすね毛は人より濃くてもじゃもじゃしています。中学生ごろから急成長し、高校生になるころには周りからも引かれるほど生えてきました。
男なので多少は大丈夫であろうと思っていましたが、短パンをはいているときなど周りの目が気になります。

先日、大学時代の友達と飲む機会があり、そこに大学時代気になっていた女の子が現れました。その日は長いズボンをはいていたので、すね毛のことはまったく気にせず、その子といろいろと話をすることが出来ました。
お酒も入ってきて体が熱くなってきたとき、不意にズボンを捲り上げてしまいました。
その女の子は小さな悲鳴を上げて逃げていきました。

足を良く見ると、もじゃもじゃな毛が、塊になって、まるで無数の虫がいるように見えました。 友人は笑っていましたが、私は恥ずかしくてたまりませんでした。その女の子は私のそばに近づくことはそれ以降ありませんでした。

何度か剃ろうと思ったことがありましたが、「実の姉に剃ったら濃くなってくる」といわれ、すね毛が髭並みにじょりじょりするような気がして、なかなか実行に移せていません。

夏が近づいてきている中、暑がりの私はどうしても短パンがはきたいのですが、今はジーパンを履いて過ごしています。
早く冬になってほしいです・・

もうこの際メンズ脱毛に通うのもありかなって思っています。名古屋だったらいっぱいお店もありますし。※脱毛メンズ名古屋

あれだけ女の子に毛でひかれてしまったら、ちょっとこれからこのままで女の子と接することが出来ないですから。きれいなすねを女の子に見せたいですね。

お墓問題。
いつになっても、ついてまわる。
家族の寿命がわかれば、お墓の準備やかける保険、その他もろもろの決め事がはかどるのになぁ。

無宗教の家族の場合。というか、無宗教と言わざるを得ない場面が先日、「樹木葬」の見学のとき。
僧侶の話を聞いて思ったこと。おっしゃる通りです。はい。
時計を見ると早1時間半が過ぎている。

気になる質問をしても教科書のような答えがある。
人それぞれの考え方はここではタブーらしく、話を正される感。宗教にご縁がないはずが、死んだときのシステムができていることに、嘆いてしまう。

僧侶曰く「お布施に関しては、一度もいくらと言ったことがないんですよ」。いくらと言うと、それは気持ちではなく「値段」となるからの説。

私の場合、人は死んだ時すでにシステム化しているなら、「値段にして!」と言いたい。けど言えなかった。場の雰囲気には勝てない。

「樹木葬」はただただ、木の下に納骨するとだけと思っていた。
公には、木の下に納骨。自然の中に骨を埋めることによって、埋めた骨がカルシウムとなり、植物や小動物の栄養となる。ここまでは納得。

「檀家に入らなくていいですよ。戒名もしなくていいですよ。もし、法事や法要がするんであればやりますよ。」のこと。そのお布施が気になるのよ。
やっぱり、「終活」予備軍としては見学して正解だった。知り得るものがあった。
何するときの価格表を知りたい!

檀家との関わり具合をハッキリさせるべし。場の雰囲気にのまれない強い意志が必要かぁ。
お墓を石にするか、木にするか、それとも海に散骨?
今のところ「樹木葬」。