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お墓問題は永遠の悩み

お墓問題。
いつになっても、ついてまわる。
家族の寿命がわかれば、お墓の準備やかける保険、その他もろもろの決め事がはかどるのになぁ。

無宗教の家族の場合。というか、無宗教と言わざるを得ない場面が先日、「樹木葬」の見学のとき。
僧侶の話を聞いて思ったこと。おっしゃる通りです。はい。
時計を見ると早1時間半が過ぎている。

気になる質問をしても教科書のような答えがある。
人それぞれの考え方はここではタブーらしく、話を正される感。宗教にご縁がないはずが、死んだときのシステムができていることに、嘆いてしまう。

僧侶曰く「お布施に関しては、一度もいくらと言ったことがないんですよ」。いくらと言うと、それは気持ちではなく「値段」となるからの説。

私の場合、人は死んだ時すでにシステム化しているなら、「値段にして!」と言いたい。けど言えなかった。場の雰囲気には勝てない。

「樹木葬」はただただ、木の下に納骨するとだけと思っていた。
公には、木の下に納骨。自然の中に骨を埋めることによって、埋めた骨がカルシウムとなり、植物や小動物の栄養となる。ここまでは納得。

「檀家に入らなくていいですよ。戒名もしなくていいですよ。もし、法事や法要がするんであればやりますよ。」のこと。そのお布施が気になるのよ。
やっぱり、「終活」予備軍としては見学して正解だった。知り得るものがあった。
何するときの価格表を知りたい!

檀家との関わり具合をハッキリさせるべし。場の雰囲気にのまれない強い意志が必要かぁ。
お墓を石にするか、木にするか、それとも海に散骨?
今のところ「樹木葬」。

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